ぼくとぼくら。きみときみら。終戦記念日に「ら」の可能性と危険性を考える。

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    こんにちは。素心姫路店の玉川です。

    今日は、平成最後の終戦記念日。みなさんはどう過ごされていますか?

    少し長くなるな。このブログ。

     

    【73年前に亡くなった人たちと、どう向き合う?】

     

    わたしは正午ぴったりにはお店でお客様の対応をしていたので、

    それが落ち着いた12時8分ころに、そっと黙祷をしました。

    さて、

    戦死者に黙祷をしていると、ちょっと変な感じになってしまう。

     

    「おれは、だれに、弔いの祈りを捧げているのだ?」

     

    この国に生まれて、この国のために散ってしまった多くの人たちに祈っているのですが、

    「それって、具体的に、だれ?」

    という違和感というか、なんか妙なズレみたいなのを感じてしまったのですね。

    知り合いのような、他人のような。

    他人のようで、他人でないような。

    これは実は結構大事な話だと思います。

    アイデンティティってやつをちょっと考え直してしまいます。

     

    たとえば、

     

    「戦争で、自分のじいちゃんが死んだ!」

     

    …というのであれば、この祈りには想いが自然に込められると思うんですよ。

    じいちゃん見たことなくたって、血がつながってる存在ですから。

    しかし、73年前にこの国のために亡くなった不特定多数の人を、祈りの対象として向き合うときの、方角のあやうさみたいなのが、ある。

    どこに? だれに?

    そういうことを考えてしまうのです。

     

    フランスの哲学者にジャンケレヴィッチさんという人がいて、

    この方は、死に「人称」を与えました。

     

     

    1人称の死は、自分自身の死

     

    2人称の死は、近親者の死

     

    3人称の死は、他人の死

     

     

    …こう言えるわけです。

     

    家族や友人、私自身と縁のあった人の死は2人称の死です。

    ところが、同じ日本国民という共通性だけで、

    この国のために亡くなった人を、2人称と捉えるか、3人称と捉えるか。

    これはなかなか難しい問題なんですなー。

     

    玉川は、73年前の戦死者に黙祷しながら、

    この2人称と3人称の間を行ったり来たりしておりました。

     

     

    【大枠で考えると、「人」が見えなくなってしまう】

     

    目の前に韓国人の友達がいます。

    友達であるばなら、彼が韓国人だろうとどこの国籍だろうと関係ありません。

    彼は、彼ですから。

    でも、話がどんどんでかくなって、

    マスメディアにどんどん煽られて、

    自分の考えが、等身大の何倍もの大きさにマス化してしまうと、

    「人」の部分が見えなくなってしまう。

    「韓国人がー」「アメリカ人がー」

    となってしまうんです。

     

    中学生たちの会話でもありますやん

    「三中のやつら、ぶっつぶす!」「おれたち四中の方が強いに決まっちょる!」

    でも、彼が大事な友達ならば、

    彼が三中だろうと、四中だろうと、関係ないですよね。

    彼は、彼。

     

    憎しみは、マス化とともに肥大します。

    でも、喜びって、とっても小さなことで、人は喜びます。

    一緒にご飯食べる。贈り物をもらう。笑いあう。

    こういう身体性そっちのけで、世論は異常化していく。

    だから、個と社会との線引きをきちんとしてなきゃだめだと思うんです。

    近頃の右傾化の流れは、だから、とっても、怖い。

    自分の頭で考えるということ。想像するということ。が欠如している。

    考えないと、人は、暴走します。

     

    【想像力のない人間は、もはや人間じゃない】

     

    これは去年見たNHKの戦争番組でしたかな。

    アメリカ空軍のパイロットたちは、

    「爆弾を投下したその下に無数の市民がいる」ということを考えないようにしたらしいです。

    でないと、投下ボタンを押すことなんてできない。

    キューブリック映画の『フルメタル・ジャケット』でも

    1人の人間を殺人マシーンに叩きこむシーンが延々続きます。

    肉体的にも、精神的にもね。

    想像力って、そんな難しいもんじゃなく、

    「この手で叩くと、あの人痛がるよね」

    「こんな言葉を言うと、あの人傷つくよね」

    っていう、その程度の人間関係で用いられる想像力と、根っこは同じなのだと思う。

    それを国レベルでできるかできないかってことじゃないかな。

     

    【相手を2人称で見ることの大切さ】

     

    だから、相手を、2人称で見るってものすごく大事なんです。

    「僕」という1人称は「あなた」という2人称に話しかける。

    「あなた」たちを一括りにして、「彼ら」にしてはいけないんですね。

    73年前に、日本は負けました。

    もちろん、負けるより、勝つ方がいいでしょう。

    でも、勝ち負けではない。

    どっちであれ、いつか人は亡くなるのだし、

    亡くなった人たちに一人一人に「あなた」として、

    その死を悼み、生を慈しむ。

    こうした行為が、きっと弔いなのだろうなあ。。

     

    ・・・・・・・・・という風に、黙祷しながら考えなおし、

    73年前のおびただしい数の死者の冥福を祈りました。

     

    さあて、では午後からもがんばって仏壇売ります。

     

    ※画像は記事とは全く関係ありません。昨日、お墓参りに行きました(笑)

     

     

    文責・玉川将人

     

     

     

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